「コンビニ人間」を読んで

趣味が読書になり何冊か読んだ。読んだだけだと忘れてしまいそうなので、ここでアウトプットをしたいと思う。

※まだ読んでいない方は、ネタバレを大いに含む内容ですので、嫌な方は読むのをやめてください。また、あくまで個人的見解で好き勝手に書いているので、異論のある方や読んでて気分が悪くなった方は直ぐに読むのをやめてください。あなたの気分を害することに責任は負いかねます。

それでは早速行きましょう!

コンビニ人間とは

久しぶりに始めた読書第一号がこの本。不思議なタイトルに惹かれて購入。Kindleで読んだ。今思うとなぜこの本を購入したのかわからない。だから、購入動機はタイトルに惹かれて…それしかなかった。全部読める自信もなかったし、気軽に読めそう。そんなところにも惹かれたのかもしれない。

さて、コンビニ人間と聞いてどのような人間を想像します?

コンビニはコンビニエンスストアの略である。ストアは店だとして、コンビニエンスの意味は「好都合・便利・便利なもの・手間がいらない重宝なもの(goo国語辞典より)」        

ということは、何か欲しい時。飲み物や、たばこちょっとしたものが欲しい時、その人間に言えばバックなどから出してくる「便利人間」?コンビニが好きで、生活用品・食事と全てをコンビニで賄っている「コンビニ大好き人間」?コンビニエンスストア経営者の話または本社勤務している人間の話。まさか悪魔の実の「コンビニの実」を食べたコンビニ人間。      

などなどタイトルだけで妄想が膨らんでしまった。はは….。Kidleには「内容紹介」があるので、妄想は購入前に撃沈。そういうことね。

コンビニで働く女性の話だった。正確にいうとコンビニでしか働けない女性の話。と思った。この女性はどんな生い立ちなのだろう。なぜコンビニでしか働けないのか。一体どんな話になっているのだろう。

主人公「古倉恵子」を紐解いてみよう。

主人公「古倉恵子」という人間

結論からいうと人間として生きていくうえである部分が欠如している人物である。ある種の感情、常識、善悪などが欠如していて、社会生活を送るうえで問題人物である。幼稚園の時と小学校の時のエピソードが紹介されているが、これが何とも…。普通じゃない。

・小鳥の死(恵子 幼稚園)                                        

公園で小鳥が死んでいた。周りの子供たちが泣く中、恵子は小鳥を手に取り、ベンチで雑談している母親のもとへ。そこで恵子は、

「これ食べよう」

と言った。お父さんが焼き鳥が好きだからである。母親に諭されると「なんで、せっかく死んでるのに」と。せっかくという言葉にぞっとする。「もっととってきたほうがいい?」と二、三羽並んでいる雀に視線を向ける。                              

結局小鳥はお墓に埋葬されることになった。

このエピソード。読者はどう思うだろうか。先ほども書いたが、セリフにはぞっとするところがある。残酷なセリフととらえることができる。しかし、その反面。父親が焼き鳥が好きだからという「父親の為に」と優しさも垣間見える。                    

動物が死んで可哀そうと思う”常識”を持ち合わせていないが、家族のことを思う気持ちはある。”常識”な感情は持ち合わせてはいないが、素直でもある。                       

焼き鳥というものは鳥を殺して作るものと言うある種野性的な感覚の持ち主なのかもしれない。最近では忘れられている私達の食べ物は生命をいただいている。ということを幼稚園児ながら理解しているのかもしれない。もしかしたら”非常識”なのは、このエピソードを残酷としか捉えることのできない現代人の方かもしれない。

・男子の取っ組み合いの喧嘩(恵子 小学校入学まもなく

体育の時間に男子同士の取っ組み合いの喧嘩がおこり、「誰か先生呼んで!」「誰か止めて」と周りの悲鳴のような叫びを聞いて、恵子は「そうか、止めるのか」と思い、用具入れからスコップを持ってきて男子の頭をひっぱたく。もちろん男子は頭を抱えながら”止まる”。それで相手の男子も”止まる”。周りの女子が「恵子ちゃんやめて」との叫びで恵子は”止まる”。    

先生に事情を聴かれ「一番早そうな方法で止めた」「止めろって皆が言ったんです……(そうすれば)動きが止まると思ったんです」                        

この時なぜ怒られているのか理解していなかったが、母親が呼ばれ謝り続けるのを見て「悪いことをしたのだと思った」と恵子は考えている。

極端過ぎる行動である。喧嘩している者同士を止めに入ることまではあるにしても、片方を倒して喧嘩を”止める”という小学校入りたてとは思えないエピソード。この時恵子は周りの”止めて”に効率よく答えたのだろう。それにしても…しかし…ここでも「素直」であるし、「誰かのための行動」なのである。ただ世間で言う”常識”と”加減”を知らない。その辺の欠如を感じさせるエピソードである。

・女教師のヒステリー(恵子 小学生)

教室で女教師がヒステリーを起こし、出席簿で教卓を叩きながらわめき散らし皆が泣き始めた。皆が悲壮な様子でやめてといっても収まらないので、黙ってもらおうと思い、女教師に走り寄って、スカートとパンツを勢いよく下した。若い女の先生は、仰天して泣き出して静かになった。隣のクラスの先生が走ってきて、事情を聴かれ、大人の女の人が服を脱がされて静かになっているのをテレビの映画で観た。と説明すると、職員会議になり、母親が呼び出される。その様子を見て自分はまた悪いことをしてしまったらしいが、どうしてなのかはわからなかった。

いやいや恵子さん。その場に居合わせたかったエピソードだが、やはり”常識”の欠如が見えるエピソードである。この時も、悲壮な様子でやめてと言う皆のために率先して行動した結果の職員会議。誰かのために何かをすると怒られるが、何が悪いのかわからない恵子さん。

上記エピソードが紹介されているが、目立つのはやはり「常識」「感情」「善悪」の欠如だろう。しかし、全てのエピソードが誰かの為であり、そこに優しさを見ることができるし、解決させるために率先して行動する行動力はすごいものがある。また、家族に対しても「愛」らしいものがあるのかなぁと推測はできる。ある意味人間らしいのではないかとも思うが、自分の身近にいたら理解してあげられるかは別として、魅力のある人間なのかな。きっと。

家族との関係は良好のよう。というより、両親は愛をもって彼女を「治したい」と思っていて、妹はそんな姉を心配しながらも好意的である。両親の「愛」が無かったら、きっとサイコパスな人間になっていただろう。そんな彼女は「愛」をもって「コンビニ人間」となっていく。

恵子コンビニと出会う

小・中・高と、自分を「治さなくては」と思いながら、「治らない」で大学まで進学した恵子。入学したての頃学校の行事で”能”を観に行った帰りにコンビニのオープニングスタッフ募集のチラシを見て翌日には連絡している。さすがの行動力。

昼間の白くて綺麗なビルだらけの人気のないオフィス街。そこに現れた透明の水槽のような工事途中のコンビニ。「異世界に紛れ込んでしまった感覚」という表記。現実社会には馴染めない自分。異世界の水槽に引き寄せられたのだろう。                   

面接・研修を越えて、恵子はコンビニ店員となっていく。

コンビニ店員の恵子

恵子はコンビニの店員になって初めて褒められる。そして、社会の歯車になった感覚を得る。普通「歯車」というのはマイナスのイメージで使われる言葉ですが、恵子にとっては凄くうれしい言葉だったはず。「治そう」と思っていたわけだから。「世界の部品」になって「自分が生まれたと思った」。こうして恵子はコンビニの店員という人種になった。               人種といったのは、恵子が完全に「店員」と「お客様」を別の生き物として見ているような考えの持ち主だからだある。                               

恵子はこうして18年間もの間コンビニの店員という人種で生きている。          まさに「コンビニ人間」である。

コンビニ人間を読んで

今回は主人公の古倉恵子のことを中心に書いたが、彼女のことを理解しないことにはこの本を理解できないと思う。コンビニの店員をやりながら、色んな役を演じて生きている恵子。しかし、彼女の判断の基準がコンビニであること、その背景となるような彼女の生い立ち。自分と重なる部分。読書が趣味となり、最初の一冊。シュールながらパンチのある内容の本でよかった。あれから何冊か読んだが、僕が真の「読書人間」になる日はまだ先だろう。こうしてアウトプットすることで、再び本を噛みしめながら読書をしていこうと思う。         

最後まで読んでいただきありがとうございました。

コンビニ人間                                    2018年9月20日発行                                 村田沙耶香著(地球星人・殺人出産・授乳 他)

趣味は読書!になるまでの話

全くもって私事。

今まで仕事と某団体の活動が生活の全てで、趣味というものがほとんどなかった私。しいて言うなら、食べ歩きという名の酒飲み。はは…

新型コロナウイルスの影響で、私唯一の趣味の食べ歩きも、行政が出す「感染拡大指定市町村」「まん延防止措置」「緊急事態宣言」と深刻度が増すたびに制限ができ、現在はほとんど食べ歩けない状態。やはりお酒がないとね。

と言うことで妙に時間ができてしまった。

夏の話。娘に市民プールに誘われた。父親と二人で行きたいなんて。嬉しい…そう思っていたのに…蓋を開けてみると、同級生とプールで待ち合わせ…小学校も四年生にもなると当たり前か…

娘の同級生の親御さん達との面識もなく、一人プールサイドで待っている時間がちょっと苦痛になってきたとき、スマホをいじっていた時に見つけたのが”Kindle”。

「これだ!」と思った私はすぐにアプリをダウンロード。今まで自分の人生の中にあまりなかった「読書」の二文字。新しいことを始めるわくわく感と本を読むなんて続けられるかなぁという不安。でも面白くなければ、アンインストールすればいいし、今の時間つぶしと軽い気持ちで読んでみよう。自分にそう言い聞かせ、ダウンロードの後さっそく本を探す。

仕事に関する自己啓発本をたまに買ってはすぐ挫折していた私。夏の容赦ない日差しを遮るプールサイドの庇の下でそんなものを読む気にもなれず。小説を探してみる。小説…自身が小学校六年生の時に、当時流行っていた映画「ボディーガード」(ケビンコスナーとホイットニーヒューストンのあれ)の小説を読んで以来、記憶の中に小説という単語が私の中に四半世紀ぶりに出てきた。

一括りに小説と言っても。いやぁ色々ありすぎでしょ。何を読んでいいかわからない。

推理小説、恋愛小説、SF小説やホラー小説、ファンタジー小説、ライトノベル、ビジネス小説、時代小説。どれが面白いんだろう。分からない。

娘に相手にされない寂しさも相まって、「人間くさい話がいいな」本の中に人を感じたくなった。まあどのジャンルにも「人」は出てくるんだろうが。

それで選んだのが…

村田沙耶香著の「コンビニ人間」 2018年9月20日発行

四半世紀ぶりに読む小説。当時ではありえ無さそうな題名。人間くさそうなタイトル。そう言った理由から取り合えず読んでみるかと購入。

さっそく読み始める

「パパ」

「ねぇパパ」

「お腹空いたぁ」

気が付くと時間が過ぎ、没頭していたことに気付く。こんなに集中したのはいつ以来だろう。高校生の頃、友達の家で漫画「BAD BOYS」を取りつかれたように読み、学校行くのを忘れた時以来だろうか…とにかく久しぶりだ。

こうして読書というものが私の趣味になりました。

読んだ本の感想なんかもこれから載せられたらいいなぁと思います。

今は秋。そう読書の秋。いつまで続くか分からない読書。たまにお付き合いいただければ幸いです。